ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第56回 関根千佳さん

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関根千佳さん
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女性がたくさんいる外資系の会社
- 佐々木
そういった意味では、ユニバーサルデザインを追求していく時に、IBMはすごくいい場所だったんですよね、きっと。
- 関根
そうですね。なんと言っても、女性がたくさんいますよね。私、入社した時に、「子どもが3人いる女性部長が君の部署に2人いるから、早めに会っておくように」って上司に言われて、びっくりしたんですよ。
- 佐々木
81年入社ですよね。その時に?
- 関根
そう。最初に福岡の事業所を訪ねたとき、私に資料をくださった秘書の方も、障害があったんですよ。わあ、なんていい会社だろう、って思った記憶があります。多様な人がいるのがあたりまえだったんです。
- 佐々木
IBMに就職しようと思ったのは、なぜ? 弁護士になろうとは思わなかった?
- 関根
なろうとは思わなかった。だって、「自分の身長の2倍くらい本を読まないとなれない」ってジンクスもあったんで。弁護士とか裁判官になった友達も多いのですが、私はあんなに勉強するのは嫌だなと思って(笑)。
で、当時、自宅外で採用してくれるっていうのは、外資系のコンピューター企業くらいしかなかったんですよ。
- 佐々木
ああ、大学生の女性は、親と同居でないと企業が採用してくれない時代でしたね。一人暮らしの女性は落とされる。外資系は当時から、そうやって有能な人材を集めていったんですね。
- 関根
他のところへ面接に行くと、「5年で辞めてもらえますか?」って言われるのですね。私は定年まで勤めたいんです、って言ってケンカになりました。
- 佐々木
当時は、女性の平均的な勤務年数は6〜7年。でも多くは3年くらいで、社内結婚をして退職してました。関根さんはその時代なのに大学生のときに「定年まで働きたいんです」って言ったという人生観は、どこで身についたんですか? それは法学の影響?
- 関根
かもしれないですね。あんまり自分では気にしてないんですけど、でも、仕事をするのが当たり前だっていう感じがありましたね。
- 佐々木
それは、お母様の影響? どういう生い立ちですか?
- 関根
ごく普通ですよ。父親は銀行員だし、母親は普通に主婦でしたから。それと、姉がいます。もとはピアノ弾きだったんですけど、かなり後になって子どもが生まれたので、今はずっと子育てに専念しています。
- 佐々木
そうすると、法学部に行った後、もう定年まで働きたいんですっていうようになる思いっていうのか、人生観というのは、どこで身についたんですか?
- 関根
母が、「女性は仕事を持っていた方が、先々、生きていきやすいよね」っていう話をいつもしていたんです。その影響かなあ。
- 佐々木
仕事をすることで、経済的な自立ができる、ということですね?
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