ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第132回 金子郁容さん

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慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員長、教授
金子郁容さん
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公募したら沢山集まった
- 金子
私にとって、幼稚舎長の経験はいろいろな意味でとても大切なものでした。子どもとの触れ合いや親の気持ちにより理解が深まったこともそうですが、それ以外に、研究面でも、私自身が、初等中等教育にすごく関心を持ったことが大きかった。校長をやってみるとすごく大変で。私立でも大変だと思ったけれど、公立の先生って、知らなかったけれども、ほとんど権限をもっていない。そこで、公立学校の改革案を提案したりすることにつながった。提案者の小渕総理はすぐに亡くなってしまいましたけれども、当時「教育改革国民会議」というのがあって、僕も委員として参加し、その後、今に至るまで、研究や実践活動面で、教育に関してはすごく力を入れているんです。公立小学校を良くしないと日本は良くならないということで、公立学校システムについていろいろ提案をしたり支援活動をしたり。
- 佐々木
すごく人気の先生だったみたいですね。
- 金子
子どもたちからすると「面白いやつだ、変なやつが来た」みたいに思ったようです。バレンタインの時は、100個ぐらいもらって。そういうことはもうあり得ないわけだけど。最後に私が辞める時も、たくさんの子がランドセルにサインしてくれとかね。私も、配慮して、消せるようにと思って、油性じゃなくて、水性のペンで書いたんですよ。でも今、高校とか大学に行ってる子たちが、「まだあのまま取ってありますよ」とか言ってくれる。うれしいですね。その反面、責任も感じる。やっぱり子ども時代というのは、すごく先生の影響が大きいよね。逆に、幼稚舎長時代に子どもたちからもらったものは、私にとってもすごく大きな財産になっています。
- 佐々木
そうですよね。小学校の先生というのは大きいです。金子先生の時、確か、いろんな有能な外部の先生を募集してみたら沢山の応募があったとも伺ったような。
- 金子
小学校の場合は専門知識というより、人柄ややる気が大事で、いろいろ経験した人の方がいいんだろうし。私が着任するまで、どういう採用をしていたのかは知らないんだけど、私は私なりのやり方を考え、実施しました。
- 佐々木
知らないんですか? 知らないというか、「今までどうだったんだろう?」と考えて進むのではなくて?
- 金子
それまでどうだったかということではなく、よいと思う方法を取入れたということです。オープンポリシーです。基本は公募ですね。採用の基本方針と募集対象の説明をウェブで公開し、教育課程をもっている大学に通知し、新聞に告知した。そうすると沢山の応募がある。それで教員も一緒になって選ぶ。それは教員にとっても納得が行く方法です。
- 佐々木
小学校のシステムを変えていく中で、特に、今までの教員の方々への訓練が始まると、校内の先生方の反発というのがなかったですか? 新しいものに対するというか。
- 金子
公募するということに関しては全然反対はなかったです。
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