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アルトマン京子さん
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ワシントンは前からのゴールだった
- アルトマン
本当だったら、もっと長くいたと思うんですけれども、そのときのボーイフレンドに、パリ出発の1日前に、「結婚してくれ」と言われて婚約したんですが、彼はアメリカに戻って、ハーバード大学でPh.D.をあと1年やれば終わるので、「それをしに行くから、君も来い」って言われて。
私はヨーロッパの取材、特に東ヨーロッパやロシアの現状がおもしろかったので行きたくなかったんだけれども、「もし私も、ハーバードのフェローシッププログラムに入れたら行く」って。受かるとも思っていなかったんですよ。フェローシッププログラムって、大体、皆30代後半で、私は当時まだ25〜6歳かな? でも、入れてアメリカに行くことになって。
「せっかくパリに行かせていただいたんだけど、申し訳ありません」って、またニュースステーションに言って。ボストンで一年間、Center for International Affairsで研究員をやった後で、テレビ朝日のワシントン支局で働かせてもらいました。
ジャーナリストとして、ヨーロッパの次は、ワシントンのことを、絶対把握しておきたい、というのがあったから、ワシントンは前からのゴールだったんですよね。
7/22
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