
そんなある日、あるホスピスから呼ばれました。わたしが以前、活動していたころのファンだったという末期がんの方がいらして、わたしに会いたいということでした。
でもヴァイオリンを弾く自信もなかったので、会いたくないと言ったんです。そうしたら間に入っている方が、「そうじゃない。あなたはヴァイオリニストとしてではなく、人間として会うんじゃないか」とおっしゃったんです。わたしは本当にその通りだと反省しまして、一応楽器を持って会いに行くことにしました。
その方は本当に喜んで、「死ぬ前に会えてよかった」と言ってくださいました。そこでわたしはうれしくなって、実に二年ぶりにヴァイオリンを弾いたんです。
ところが、全然練習していないので、思うように弾けないんですよ。体は震えるし、音程も取れないし、それは本当にひどい演奏でした。そういうみっともない姿をさらけ出してしまった後に、その方はやさしく手を差し出してくださいました。目にいっぱい涙を溜めて、「ありがとう、感動しました。わたしは今まで生きてきてよかったと思う。ずっと苦しかったけれど、今、この瞬間はうれしいから苦しくありませんよ」って笑ってくださったんです。
わたしは、なんというひどいことをしてしまったんだろうと、ものすごく後悔しました。以前は、何時間、何時間とメモに取りながら毎日練習していました。そのころならまだしも、ヴァイオリンを投げ捨ててまったく違う人生を歩こうと、ボウリングをしたり、スケートをしたり、勉強に打ち込んで音楽を忘れようとしていた時期に、その方に会ったのです。しかも、その人にとって、最後に残されたわずかな時間に、わたしの人生で一番ひどい演奏を聴かせることになってしまった。やり切れなくて、胸が痛んで、悩んで、それから家に帰って練習を始めたんです。
それはヴァイオリニストに戻るためではなく、もう二度とこういうことがあってはいけないという思いからでした。万が一、どこかのわたしのファンの方が、また同じように会いたいと声を掛けてくださっても、自分なりに精いっぱいの演奏ができるようでありたいと思いました。そして再び、ヴァイオリンを手にしたんです。
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