
お互い、信頼感が持てた(しろりむ・三重・パートナー無・36歳)
猫を二匹飼っていますが、そのうち一匹とはもう8年近い付き合いになります。海辺にいたのを拾ってきたのですが、拾ったというより出会ったという気持ちです。猫のほうがわたしを選んでくれたのかなあと思うことも。体調が悪くて寝ていると、添い寝してくれます。天気と気分がいい日は散歩に行きます。猫との散歩を通してわたしは雑草の美しさや昆虫のおもしろさに目覚めました。なによりうれしいのは、お互いに信頼していることです。こういうふうに書くと「飼い主の勝手な思い込み」と言われそうですが、猫は気ままなところがあって、飼い主の過剰な思い入れを適当にかわして緩和してくれますし、猫のおかげで生活が豊かになったという実感があるので気になりません。
猫がわたしを守ってくれてる(Avi・長崎・パートナー有・32歳)
現在猫4匹と暮らしています。一昔前の「愛玩動物」という言い方は、まるでおもちゃ扱いのようで使ったことはありませんが、今回の「伴侶動物」という呼び方は胸のつかえが下りる気がしました。時々、この子たちは幸せなのだろうか、無理やり人間社会の枠に入れているのではないか、と思うことがあります。しかし、わたしたちなくしては生きてはいけない子どものように思え、精一杯守ってやろうと思うのです。ですが、それはどうやら猫たちもそう思っているようで、わたしが体調を崩したり、あるいは何かにぶつかって悲鳴をあげたりすると、鳴いて近づいてきて、そばから離れない姿は案外、こっちが守られてるのかもと思ってしまいます。
最近では野良猫、野良犬に対する、処遇(殺処分など)を聞くと、昔は誰かしら面倒を見たりしたものだけど……と寂しく思うこともあります。ふん尿が迷惑だからと保健所を呼ぶことなど到底考えられなかったのに、いつの間にか、この地上は人間のためだけの世界になってしまったのだなと。また虐待の話を聞くと、人の心の荒れを強く感じます。たとえ一緒に暮らしていない動物からでも得るものが多いはずだと思います。
この子がいなかったら……(星みづき・東京・パートナー無・39歳)
人間好きで、猫嫌いな猫と暮らしています。人間好きな猫なので、留守番で寂しい思いをさせているんだろうと思い、家に帰ってからと休日はできるだけ「猫とゴロゴロ」しています。一時期、仕事のストレスでひどい鬱になってしまい、この子がいなかったら飛び込んだり飛び降りたりしていたかもしれない、と思います。まだ親元にいた頃は、犬がいました。その犬はわたしが「目を離すと何をするかわからない」と思っていたようで、通学の時や買い物の時に必ずついて来ていました。ついて来なくなったのは、その犬が年を取ってしまったからで、それから数年してその犬は死んでしまいました。だから気持ちとしては犬と猫と両方一緒に暮らしたいのですが、現在は猫だけです。

アレルギーがあるので(Afghandog・千葉・パートナー有・25歳)
現在住んでいるマンションは動物禁止。マンションの規定では、金魚などの魚類もダメ。わたしがこのマンションを選んだのは、アレルギーとアトピーがあるから。動物はかわいいとは思うけれども、一緒に暮らしたいとは思わない。
一人(一匹)で待たせておくのは……(鈴木なな・東京・パートナー無・41歳)
愛らしいペットが出迎えてくれたら、さぞ癒されるだろうなあとは思います。でも、一人暮らしのわたしが帰ってくるまで、ただ一人(一匹)で待たせておくのは忍びない。ペットは人ではない、という区分けが自分の気持ちでつけられないから、飼いたいけど我慢。
ちょっと過保護では……?(たるたん・北海道・パートナー無・29歳)
子どもの頃から犬や猫は飼ったことがなく、なぜかニワトリやウサギ、アヒル、リスなどを飼っていました。世話をしていたのはほとんど母でしたが、家に動物がいたことで、家族の思い出は増えたと思います。現在は、動物の毛にアレルギーがあるので、飼うことはできません。最近は犬や猫もみんな家の中で飼われていて、人間の子どもと同じように、またはそれ以上に過保護にされているようにも思います。それが動物にとって本当に幸せなのか大いに疑問です。