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今週のテーマ
会議番号:2039
あなたは宗教色のない葬式を望みますか?
投票結果
62
38
544票
327票
この会議への投票・投稿は
募集を締め切りました。
【開催期間】
2006年11月20日より
2006年11月24日まで
円卓会議とは
このテーマの議長
井上順孝 國學院大学教授
宗教色の有無は、会葬者にはあまり影響を与えないと思っている人もいました。宗教色のない葬儀をすることで……
議長コメントを全文読む
2日目までに届いている投稿から...
私のための葬式 (リリーベル・埼玉・パートナー無・25歳)
私は、自分の死を悼み、親族や友人に最期のお別れで集まってもらえたら嬉しいです。やり方は、私を葬る式なので私の希望する方法でやってもらいたいです。葬式をするときには、私はもういないのでその様子を見ることも指示をすることもできません。だからこそ、自分の最期の式はきちんと希望を伝えておくことが大事な気がします。
埋葬だけ (トリニティー・三重・パートナー無・33歳)
もし、親よりも先にとなったらば、家族の満足する形で葬儀をしてもらえばいいと思っています。が、私個人の考えとしては、行政的な問題さえクリアしてもらえれば(埋葬等)、あとは、誰にも知らせずに終わらせたいなと思います。
意味のない無駄な費用が (マグノリア・アメリカパートナー無・)
母が4年前に亡くなったとき、納骨式で墓地の勧めで僧侶を呼ばざるを得ない感じになって、それで十万単位のお金が右から左に流れたようでした。父も母もあまり信仰心がなかったし、私たち子どもも同様です。それなのに普段まったく係わり合いのない僧侶にそういった多額の金額を使うのに疑問を覚えました。いくら母が残していったからとはいえ、お金は子どもたちに使うほうがよっぽど有効だったのでは、と今でも思います。
葬儀自体に疑問を感じています (Hurry1・東京・パートナー有・57歳)
私には、時々一緒に飲むさまざまな知り合いがいます。死んだ時には、そのうちの何人かに集まってもらって、楽しく杯を交わしてもらいたいと思います。私のことをよく知らない方々に、義理で葬儀に参加していただくのは心苦しいので、葬儀はやらないで欲しいです。骨は火葬場に引き取ってもらえれば、と考えています。私は無宗教ですが、新約聖書に「その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい」(マタイ8.22)とあるのは至言だと思います。
親近者が別れを受け入れる場 (植月)
私は神道で育ちました。しかし、自分の葬式は親近者が自分との別れを整理するためにある儀式だと感じているので、彼らの信ずるところであれば仏教でも神道でもいいと思っています。他の宗教は抵抗がありますが……。会葬者の立場としては、キリスト教徒だって神社を訪れ他者が信仰する対象へ礼儀を払うことはできます。自己の宗教を強く持つ前に死者との別れを自分がどう捕らえたいか、大事だと感じます。ですから、会葬者としてはどの宗教でも受け入れたいな、と考えています。
父が亡くなって (scuderia1971・神奈川・パートナー無・34歳)
それまでは父も含め、無神論という家でした。父が長男でないこともあり、代々受け継ぐものもなく、もちろん家に仏壇もありませんでした。でも、父が亡くなり、宗教に接する機会ができて、あらためて感じました。人が亡くなることを悲しみ、極楽にいけるように葬儀をとり行い、お金をかけるだけの宗教ばかりでないと。触れる機会が少ない話題かもしれませんが、何も知らずに否定するのではなく、家の宗教は何か、どういう教えがあるのかを知って、判断することが必要だと思います。
3日目の円卓会議の議論は...
「自分らしい葬儀へのこだわりとの関係は?」
宗教色の有無は、会葬者にはあまり影響を与えないと思っている人もいました。宗教色のない葬儀をすることで不要な出費を抑えることができるという考えをもった人もいました。葬儀自体に疑問を感じた人もありました。葬儀自体が疑問ということになると、葬儀をしないとか、生前葬をするというような選択も出てくるのでしょう。
仏式の葬式が当然となってしまうことに疑問をもつ人、あるいは葬儀そのものに疑問を感じる人の場合、本当に自分と関わりの深かった人たちが主体となるような葬儀への願いが、その背後にあるように感じられます。
「自分の望む葬式」をいずれ遺言状に記しておきたいと考えていたり、家族にはっきり伝えておく必要を感じていたりするものでしょうか。宗教色のない葬式を望む場合だと、そのようなことも考慮しないと、実際には社会的な慣習に従って行われるということになるでしょう。そこで
宗教色のない葬式を希望する人には、自分の意思を明示しておきたいということまで考えているかどうか、
それもあわせて聞いてみたいと思います。また
宗教色のある葬式でもかまわないと思う人の場合には、
その宗教の式次第にしたがいつつも、自分らしさをどこかで出したいと強く思うものでしょうか。それをあわせて聞きたいと思います。
井上順孝
國學院大学教授
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