ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第75回 津山 直子さん

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日本国際ボランティアセンター(JVC)南アフリカ現地代表
津山 直子さん
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アパルトヘイトは終わった、はずなのに……
- 津山
1990〜94年っていうのは、一方でマンデラ氏が釈放されたり、ANCと白人政権の話し合いが始まっていたにもかかわらず、……
- 佐々木
現実はまったく変わっていなかったんですよね?
- 津山
そう。交渉も前進したり、後退したりしながらっていう4年間だったんですよね。93年には、クリス・ハニっていう、たぶん今、生きていれば、大統領になったかもしれないような人が暗殺されたりという事件もあったりして、決して安定した中ではなかったです。94年に初の全人種による選挙が実現するまで、なにが起こるか分からないっていう状況でした……。
- 佐々木
ああ、そう、そうでしたね。私、87年からずっとお世話になった、黒人のコーディネーターでカメラマンでもあるサムにひどいことをしてしまったんです。
2回目の取材、91年のときには、アパルトヘイトの基本4法がなくなっていたんです。そこで、白人の極右組織の本部のあるブルームフォンテインに取材にいったんです。彼は「行きたくない」と言ったんですけれども、「大丈夫。アパルトヘイトは終わったんだから」と彼を連れて行ったんです。
でも、彼、現場で車から降りないんですよね。「ここは、そんなにすぐに簡単に変わる土地じゃないんだ」と。「じゃあ、取材中は待っててね」って言って、バンの中で待っててもらったんですけどね、取材が終わって、「じゃあ、ご飯食べましょう」って。で、ご飯食べるので、ブルームフォンテインの中のレストランに行こうとしたら、彼が、「この町の中で、僕たちが食べられるレストランはない」って言い張ったのね。
それを私は「サム、今は91年。アパルトヘイトはもう終わったのよ」って言って、彼を渋々連れ出した。「日本人のカメラマンのいる前で、そんなことをするわけがないじゃない」と。でも、レストランに入ったら、黒人のメイドが彼に向かって「出て行け」と。
- 津山
言わされたんですよね。
- 佐々木
そう。で、白人のオーナーは、いないわけですよ。でも、黒人の女の子たちは「ダメです」と。「あなたには座る椅子はない」ということを言って、彼は「ほらね」っていう感じで、レストランを出ていこうとして。彼は、何十年も、そういう目に遭わないように生きてきたのに、私が無理やり連れていってそういう目に合わせて……
- 津山
辛い目に合わせてしまった。
- 佐々木
そのレストランから、すぐ出てきたけど、私はもう涙が止まらないし、謝って、彼に「ごめんなさい」って、「もう、無知ですみません」って言ったらば、「カヲリがそこで泣いてくれているだけで、僕は幸せだ」とか言ってね。
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