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松本 侑子さん
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日本語で勝負する
- 松本
小説も10回は書き直しますけど、翻訳はもっと書き直したかもしれないですね。原稿用紙900枚の『赤毛のアン』を10回書き直すと9,000枚ですから大変な量で、右の腕と肩を痛めました。
- 佐々木
自分の小説も、10回以上書き直すんですか?
- 松本
エッセイはともかく小説は10回くらい書き直します。それから本にするときに、何か月かあけて、また読むんです。その間、別の作品を書いて違う世界に没頭して、久しぶりに再読すると、執筆時の思い込みが薄れて客観的に読めるので、また一から書き直すんです(笑)。
- 佐々木
どういうところを書き直すんですか? 表現ですか?
- 松本
やはり登場人物一人ひとりの立場になって、気持ちを表す表現やしぐさを加筆します。
- 佐々木
エピソードは書き直さないんですか?
- 松本
エピソードも加えますよ。でも久しぶりに読むと、書いている時はいい文章だと思ったところが、意外と、じょう舌、冗漫に思えて、惜しまずに、バサっと段落ごと削除します。たいていの作家はかなり推敲しますよ。編集者が書き直せと言って、直すこともあります。
翻訳のときは、担当者が、「翻訳小説としては、この文章で通用するかもしれないけれど、日本語のいい小説としては通用しないので、わたしは困ります」という人だったんです。純文学の編集者で、その人とのやりとりで何回も書き直しました。
編集者はどこをどう直してほしいか具体的には言わないんです。ただ、「大人の文学の読み手が読んでも、いいと思える文章にしてください」と言うだけ。編集者にとっては、きちんと訳すことは当たり前で、訳注付きの全文訳だけではなく、もっと質の高い文章を要求してくるんです。それが大変で、結局、書き直しに1 年かかった。
- 佐々木
そうでしょうね。
- 松本
2年かけて900枚訳したんですが、最初の1年は、ほかに単行本3冊と文庫2冊を出したんです。でも2年目は、『赤毛のアン』の推敲があまりに厳しくて、かかりっきりでした。
そう言えば第2巻『アンの青春』も、何度も推敲して全部できあがって入稿できるようにした後で、別の文体に変えろと言われて、最初からすべて文体を変えて訳し直したんです。
- 佐々木
それはうれしいやりとりなんですか? それとも、途中で「いい加減にしてよ」みたいな感じになるんですか?
- 松本
いやじゃないです。いい本を作ろうという目的が一緒なので戦友、同志です。でも、編集者は原書を読んでないからそう言うかもしれないけど、原文を訳すとこうにしかならないんです、っていうジレンマはありましたね。だけど、ほとんどの読者は原文を読まないから、やはり日本語で勝負しなければと納得して書き直します。
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