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藤原和博さん
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14、5歳をどう教育するか
- 佐々木
小学校から中学、特に中学1年になると、それこそ、いじめ、自殺、数字的に見ると、がくぜんと増えますし、小学校で、学校に半ズボンでランドセルで通っていたのが、いきなり4月から長ズボンになったり、帽子もかぶらなくなって。
- 藤原
多くの学校では、制服だしね。
- 佐々木
はい、制服で通って、突然、電車に乗るときも大人の料金になり、いろいろな意味での、急な転換、学校の教育の仕方も随分変わってくる。小学校から中学へのつながりが、あまりうまくいっているとは思えないんですけど、中学を受け持たれていて、その辺は感じられましたか?
- 藤原
それはちょっと両面があってね。例えば和田中に小学校で結構暴れてた子なんかも入ってくるわけですよ。だけどね、その子たち、学習も全然できなかったし、いろいろ先生たちを困らせてたみたいな子も、どこかで変化のきっかけがほしいと思っているわけね。和田中は、生活指導という意味で非常に厳しい学校なので、戸惑いながらも、そこで小学校の先生が驚くほど変わっちゃうということがある。6月ぐらいに運動会があって、そこに各学校の校長が来るわけなんだけど、「あの子が先生の指示でああいう仕事をやるんですね」って、ものすごく驚いたりする。小学校のモードと中学校は全然違うと。「ここからは仕切れよ」ということが大事なこともあるんですね。分かるでしょ?
- 佐々木
はい。
- 藤原
あとは、クラブ活動が本気で始まるから、クラブ活動で相当エネルギーをぶつける場があるということもありますしね。1人の担任だけに支配されないから、そういう意味での変身のきっかけになるわけね。
- 佐々木
ある意味で、新しい環境でやり直しがきくということですね。
- 藤原
そうなんですよ。
- 佐々木
新しい人生、新しい世界での自分の第一歩を、もう1回やり直せるチャンスでもあるから、必ずしも全部がつながっているのがいいとも言えないんですね。
- 藤原
言えない。だから9年制のように、ずっとつながっているのが本当にいいかというと、そうでもないと。いわゆる思春期といわれる14、5歳というのは、日本の教育は無防備だと思っていて、要は、小学校からの学習をちょっと難しくして教えるだけ。ちょっと難しいから専任の先生が教えるだけという感じがある。でも生活指導的な面でいけば、14、5歳って誰だって魂が揺れるわけですよね、ぐらぐら動く。一番大きいのは、自分でも自分が何者だかが分かんなくなるでしょ。 例えば、小学校で無邪気に野球をやっていた。みんなイチローになれると思ってる。サッカーをやっていた子がみんな中村や中田になれると思ってるように。ところが自分の実力というのが、中1から中2ぐらいで分かってきて、例えば、「これじゃ、食えないぞ」みたいなことを親から言われ、そういう現実に向き合わなくてはいけない。 しかも、みんな一緒に中学校に来て、そこから高校というときに、実はみんな一緒にはいけないということに気づくわけじゃないですか。あんなに一緒に遊んでくれたケンちゃんがテストの点が良くて、都立の進学重点校に行くんだって、と。俺はそうじゃないというのに気づくわけだよね。そういうときに、僕は非常に特殊な教育をしなければいけないのではないかと思っているの。ところが結局、親も戸惑っちゃう、本人も戸惑っている、地域社会も戸惑いながら、もちろん先生も何だか分からないけど、こうかな、みたいな感じでね。実は日本の中学生をどう教育するか、特に14、5歳をどう教育するかについて、きっちりした研究はないんですよ。
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