焦るブッシュ、健全化する社会
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2004年3月6日
アメリカの大統領選挙の序盤戦がだいたい決着してきました。今回の選挙の焦点は何といっても共和党ブッシュ政権に対抗する民主党の候補が誰になるのかということ。昨年あたりはどう頑張ってもブッシュに勝てそうにないということから、アメリカ大統領選挙に対する関心はやや薄かったのです。
ブッシュ敗北の期待
しかし民主党の候補が絞り込まれるにつれ、ひょっとしたらブッシュが負けるかもしれないという「期待感」が生まれてきました。イラクを攻撃した最大の理由(言葉を換えれば「戦争の大義」)である大量破壊兵器がいまだに見つからず、ホワイトハウスが任命した調査団の団長が辞任した上、「大量破壊兵器は戦争開始時にはなかったと思う」と発言したあたりから雲行きが変わってきたのです。
それに加えて、ブッシュの兵役「忌避」疑惑が持ち上がりました。その当時、アメリカは徴兵制であったのですが、兵役をまっとうしたかどうかはときどき問題になります(兵役逃れは国家への忠誠をないがしろにしたとみなされるからです)。まして民主党の大統領候補に事実上決まったジョン・ケリー上院議員はベトナム戦争の英雄ですから、なおさらブッシュの兵役問題がクローズアップされるわけです。
米大統領選挙の注目点
この選挙でわたしが注目しているのは、アメリカ社会の雰囲気が変わってきたことです。2001年9月11日のアメリカに対する同時多発テロ以来、アメリカでは愛国主義的雰囲気が急速に広まりました。国の安全を守るために国民の権利がある程度犠牲になることは仕方がないし、外国人に対する厳しい調査も、あるいは盗聴もやむをえないという雰囲気が生まれたのです。
そしてアフガニスタンに対する攻撃、イラクへの攻撃とアメリカによる力の報復が進められたのでした。そういった行動がすべて間違っていたとは思いませんが、問題はこういった武力の行使に反対することが非常に難しい雰囲気が生まれたことでした。2002年の中間選挙では、アフガニスタンへの攻撃に反対であるということを言うと選挙で得票数ががた落ちになるという状況があったのです。
言論を取り戻すアメリカ
しかしそういった状況は確実に変わりつつあるといえます。ブッシュが始めたイラク戦争は間違いだったのではないか、そういった議論ができるようになってきました。一時期急速に圧迫されていたアメリカの民主主義が戻ってきた、そんな感じがします。どのようなことでも、両論があってこそ健全だと思います。ジャーナリズムの重要な役割もそこにあります。世論を一方に誘導しようとする政権に対して、常に疑問符をつけていく、あるいは一方に流れようとする世論に対して疑問符をつけていく、それがジャーナリズムでしょう。
そうした意味で、今回の大統領選はやっとおもしろくなってきたというところでしょうか。ブッシュ大統領も昨年の楽勝ムードがすっかり消えて、やや焦りが見えます。キリスト教保守派の歓心を買おうとして同性の結婚を認めない方向(具体的には憲法の修正)を打ち出したのですが、これも思ったほどの効果を上げていないようです。
ゆるぎないブッシュ優位。それでも……
アメリカの大統領選挙を大きく左右する要因は景気なのですが、現在のところ景気に大きな不安要因があるわけでもなく、その意味ではやはり現役大統領であるブッシュの優位は動かないでしょう。しかしさらにイラクで米兵に大きな被害が出たり、あるいは戦争にまつわるスキャンダルが出たりすると、選挙の行き先はわからなくなります。11月に向けてどのような展開になるのか、注目していきたいと思います。