もしイラク攻撃が行われたら
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2002年11月9日
アメリカの中間選挙がありました。この選挙は4年ごとに行われる大統領選挙の中間に行われる選挙であるため、中間選挙と呼ばれます。大統領の政策に対する信任投票といった意味合いもあり、それなりに注目される選挙なのですが、今年は特別に関心が寄せられていました。それはイラク攻撃をちらつかせるブッシュ大統領への信任投票と考えられていたからです。
基本的にはイラク攻撃に関して、共和党は積極派なのです。したがってアメリカの有権者がどういう反応を見せるか、つまり民主党が上院での多数派を維持するのか、あるいは下院で共和党から多数派の地位を奪うか、といったところでブッシュの政策が多少なりとも左右されると思われていました。
外から見ると、少なくとも有権者の間に「好戦的」な気分はないはずでしたが、結果は共和党の完勝となりました。下院では民主党を蹴落とし、上院でも多数派となったのです。これでブッシュ政権はますます強気になるでしょう。ということは、イラク攻撃の現実味が増してきたということでもあります。米軍はすでにカタールに司令部を置き、準備を着々と進めています。早ければイスラム教の重要行事であるラマダン(断食月)があける12月の初めにも、攻撃を開始するのではないかと見られています。
同時多発テロのショック
先週、あるアメリカ人と食事をしました。彼は「ブッシュ政権は今までなら考えられないようなことをやっている」と嘆いていました。テロに関する捜査なら、盗聴はもとより別件逮捕、拘留期限の延長などありとあらゆる「個人の権利の侵害」をやっているというのです。あれだけ人権にうるさい(中国に対してどれほど人権を「説教」してきた)国としては、およそ想像できない状況になっているようです。
それほど昨年の9・11同時多発テロがアメリカ人にとってはショックだということでしょう。しかし一方で、ワシントンではイラク攻撃反対のデモもあったし、テロの被害者の遺族が「われわれの名のもとに戦争をするな」というプラカードを掲げていました。ある共和党の候補は、対立候補である民主党議員を湾岸戦争で反対の立場を取ったと攻撃しました。民主党候補は、今回の投票(大統領に戦争権限を与える投票)では賛成票を投じたのですが、それでも共和党に敗れました。少し強い言い方をすれば、戦争に反対することは非愛国者という雰囲気があるようです。
これでブッシュ政権は、あと国連の「お墨付き」を取りさえすれば、イラク攻撃に踏み切るでしょう。もちろんイラクのフセイン大統領は今でも「世界でもっとも危険な男」であると僕も思います。1990年にクウェートを侵攻したときも、フセインがいかに危険であるか、アメリカのメディアは報道していました。8年にわたるイラン・イラク戦争で結局何の戦果も得られなかったフセインが、領土を増やしたいとする野望を捨てきれず、隣国のクウェートに攻め込んだのです。化学兵器を使うこともちゅうちょせず、イスラエルを戦争に巻き込むために、スカッドミサイルを撃ち込んだりと、およそ現代の政治指導者にあるまじきことを平気でやります。
残された時間は少ない
それでも湾岸戦争のときと今回は違うでしょう。湾岸戦争は、独立国を蹂躙した「悪者」を追い出す戦争でした。だからこそあれだけの多国籍軍を組織することができたのです。少なくともそういう大義名分があった戦争です。しかし今回は、フセイン政権とテロ組織との関係がどれほど深いのか(つまりテロの背後にイラクがいるのかどうか)、さらに新たなテロを仕掛ける準備をしているのか、またフセインを大統領の座からひきずりおろせばイラクは民主主義国として再出発できるのか、など不透明な部分がたくさんあります。
それにイラクを攻撃するのは、アメリカの石油戦略の一環ではないのか、という疑念も払拭できていません。何と言っても、イラクは世界第2位の産油国なのです。それだけではありません。イラクが輸出する石油を買っていたのは、アメリカなどの石油会社です。つまりフセイン政権の懐を潤すのに一役買っていたのはアメリカ企業でした。フセインはその金で大量破壊兵器を開発してきたという報道もあります。
さて、問題はもしアメリカがイラクを攻撃した場合、日本はどうするのかということです。イラクへの武力攻撃を容認するような国連決議が出れば、日本も表立って反対はできないでしょうが、国連が明快に武力攻撃を容認するとも思えません。結局は玉虫色の表現になるでしょう。中国やロシア、そしてフランスといった国連安全保障理事会の常任理事国が、拒否権を発動しなければアメリカは単独(イギリスは軍を派遣するでしょうが)でも攻撃する可能性が強いのです。そのとき日本はどうするのか、というより、われわれ日本人はどうするのでしょうか。もちろんイラク攻撃があれば、株価も下がるし、円も安くなるでしょう。経済はかなり打撃を受けると思われます。そのときになってバタバタしないように今から考えておく必要があります。それに残された時間は少ないのです。