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第8回 西本智実さん
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実力者だけが残る世界 |
進藤 |
指揮者としての本格的な勉強は、ロシアに留学されてからですか。 |
西本 |
日本とは勉強するスピードが違うんですよ。指揮者用の何十枚もある分厚い楽譜をぽいっとピアノの上に置いて「はい、弾きなさい」って。「えっ? 弾くんですか?」そんな感じでした。でも、みんなバババババッて弾けるんですよ。 |
進藤 |
えっ、いきなり初見でですか? |
西本 |
はい。でも、そのおかげでピアノに慣れました。いかに早く楽譜を解釈できるかがポイントなんです。必死でね、ほんとに必死でやって。次にそれができるとすぐに指揮者として振るんです。 |
進藤 |
自分が弾いてみて、そのあとに振るわけですか。 |
西本 |
それがある程度できたら、その次の日にはオーケストラを相手に指揮をする。できなかったら、もう一回最初からやり直すの。くやしいでしょ? |
進藤 |
はぁーっ、くやしがる前に、ハードすぎて目がまわりそうでも、それをこなさなきゃ始まらないんでしょうし。 |
西本 |
そうです。できないと、もう辞めるしかないんです。だから、辞めていく人がたくさんいました。「帰りなさい」って言われますから。 |
進藤 |
自分との闘いだ。 |
西本 |
この練習方法に慣れるまでに3カ月かかりましたが、最初は「これは無理かもしれない」と思いました。「やれる人がやる」世界だったので、シビアに自分の能力を見極める必要があると感じました。 |
進藤 |
「帰りなさい」と言われた人は、ほんとうに…。 |
西本 |
帰ります。学校にはもういられないんですから。 |
進藤 |
毎日がギリギリのところでの勝負だなんて。 |
西本 |
絶対に弱音なんて吐けません。努力して、これが限界だなと納得したなら帰れますが、もしこっちの努力不足で「帰りなさい」なんて言われたら、あとで後悔しますから。 |
進藤 |
そのロシアでの2年間を経た今、西本さんのこれまでの人生の中での転機というと。 |
西本 |
留学してからじゃないでしょうか。そのときのしんどさと比べたら、今、しんどいなって思っていることは、すごく楽に感じます。 |
進藤 |
その経験が、がんばりの原動力なんですね。 |
西本 |
ロシアは屋外だと、マイナス30度くらいになるんです。だから、泣きながら歩くと涙が凍るんです。「痛い、痛い」って。凍傷になったり(笑)。 |
進藤 |
気づいたら、泣いていた? |
西本 |
泣いていることも気づかないくらい必死でした。でも、自分で決めたことでしたから、お金がなくてもよかったし。逆に恵まれた環境だったら戻ってきてしまったかもしれません。 |
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